
悩み:株高の影響もあり投資教育がブームになり小学生にまで投資を教えようとする風潮になっています。一方、投資にいいイメージをもっていない人(労働が正義であり、貯蓄や投資より自己投資が重要である)も一定数います。どう考えるべきでしょうか?
私なりの答えとしては、投資に比重を置いて稼ぐ人がいてもいい、と思います。
もちろん、人生の目的は仕事と労働であり人の役に立つこと(一生、死ぬまで労働する)が理想だと思います。しかし、皆がエリートの道を歩み、いい仕事やキャリアパスを描けるわけではありません。世の中には、努力だけでは埋められない格差や役割の違いがあります。言ってしまうと、資本主義では勝ち組と負け組、出世組と窓際族のような構造はどうしてもできあがってしまいます。
視点を少し変え、オーソドックスにお金持ちになるには3つのルートが思いつきます。(元から資産家、起業家、特殊な才能を持ったスポーツ選手は除きます)。
1)医者や弁護士など需要が高く景気に左右されない専門家になる。
2)大企業で役員以上に出世する。
3)節約して株式などの投資収入を得る。
当然、1)~3)すべて満たすことを目指すべきだし、満たす勝ち組もいるでしょう。
1)と2)は家庭環境や運(本人の努力や能力不足もありますが)によって決まることもあり、再現性は高くありません。しかしながら3)は努力すれば再現性が高いです。
3)は凡人に残された数少ないルートのひとつだと思います。特に若い世代は3)にシフトしようと批判を受けるでしょう(もっと自己投資せよと、よくエリートや金持ちがいいます)。
誰しもが成功者になれるとは限りません。嫌な労働や合わない労働を無理して続ける必要もありません(労働だけに依存せず、選択肢を持てることは精神的な自由につながります。労働そのものを否定したいわけではありません)
どれほど揶揄されようが、投資で稼ぐという(投資収益>労働収益 いわゆるr>g)、逃げ道を残すことは悪いことではない、と思います。
有名な山崎元さん(超がつくエリート)も投資で稼ぐことについては述べています。
私の時代は、出世したり専門家になったりして「労働時間を確実に高く売る」のが無難な道だったが、時代は変わった。株式性の報酬が有利だ。「自分を磨き、リスクを抑えて、確実に稼ぐ」ことを目指す古いパターンよりも、「自分に投資することは同じだが、失敗しても致命的でない程度のリスクを積極的に取って、リスクの対価も受け取る」のが、新しい時代の稼ぎ方のコツだ。リスクに対する働きかけ方が逆方向に変わった。(『経済評論家の父から息子への手紙』、山崎元より引用)


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